それは“出合ってしまった感動”を自分だけで止めてはいけないと思い、自分以外の人と一緒に共鳴したいと願ったから・・・と、藤井は語っています。
あの日、あの時、あのお茶に出会わなければ、彼女は中国茶にのめり込む事もなく、遊茶を始める事もありませんでした。そのお茶は彼女の頭のテッペンから爪先、五臓六腑の隅々にまで沁み渡った!そうです。救われた・・・と言っています。
遊茶は、この幸せな出会いをできるだ沢山の人に届けたい!という藤井の想いから始まって、今もその想いを追いかけています。
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それは“出合ってしまった感動”を自分だけで止めてはいけないと思い、自分以外の人と一緒に共鳴したいと願ったから・・・と、藤井は語っています。
あの日、あの時、あのお茶に出会わなければ、彼女は中国茶にのめり込む事もなく、遊茶を始める事もありませんでした。そのお茶は彼女の頭のテッペンから爪先、五臓六腑の隅々にまで沁み渡った!そうです。救われた・・・と言っています。
遊茶は、この幸せな出会いをできるだ沢山の人に届けたい!という藤井の想いから始まって、今もその想いを追いかけています。

人とお茶。
藤井は言います。多くの人々との出会があって遊茶が始まって、たくさんの人々の力添えがあって今まで続けられて、自分ひとりでは何もできなかった。ただ、ともすれば目前の雑事に没頭しがちな日々の中、必ずしも皆さんに、しっかりと義と礼を果たせてきたとは言い難い・・・けれど、感謝の気持ちだけはずっと持ち続けている、いたい、決して忘れない。
そしてお茶。良いお茶を入手するのに経験と能力と努力が必要なのは当たり前、と彼女。ともかくお茶に嘘をつかせない!のが大事。それが、お茶の名誉、遊茶のプライド、そしてお客様への私達の気持ちです・・・と。
中国茶で人を幸せにしたい!という基本姿勢は変わりようも変えようもありません。が、その上で中国茶をカッコウ良く見せたい・・・と思っているようです。カッコウを良くして、もっともっと多くの人々にアレッ!て振り向いていただけるように。
更に、中国茶で新しいアソビを提案したい、のだとか。その歴史も文化も特性も特色も十二分に尊重できている自分達だからこそできる色々なココロミを、沢山の人々と一緒に楽しめる状況を創りたい!と、藤井は本気で考えています。
それこそが“遊”茶ですからと。
ご参考までに・・・